5月18日現代資本主義システム「年金制度と少子化」について

 

 

0) 発表内容の再確認

 

 [主題] 年金制度と少子化

 [現状] 年金財政が厳しい → 将来への不安

 [原因] 少子化により、高齢者の年金の財源を拠出していく扶養者世代が減少。

 [少子化への対策例] 

@フランスでは、子を作れば作るほど自分の受け取る年金が増額する。

A日本でも、育児休業の間の保険料を免除したり、育児のための収入減で年金が減らないようにしたりする制度を設けるなどして、育児支援を行う。

 

 

1) 年金財政について

 

 まずは、年金財政が悪化していることに対し考察したい。上に挙げられているように、最大の原因は、少子化により扶養世代が減少していることにあろうが、そのほかにも、どのような制度的な問題があるか考えてみたいと思う。

 まず、日本の年金は、将来受け取る年金の保険料を自分自身で払うという積立方式ではなく、現役世代が高齢者を支えるという賦課方式である。なぜ、日本の年金がこの制度を採用したかというと、積立方式が、貨幣価値の変動に対応できず高度経済成長期でのインフレに耐え切れない制度であったからだ。そして、高齢者に手厚い給付を約束しつつ、持続的な成長と人口増加による税収の安定を前提に、賦課方式を行ってきたのである。だが、この前提は、とりわけバブル崩壊以降、見事に崩れていってしまった。

 他の制度的な問題点として、年金制度自体が国民にとって分かりにくいということがあろう。具体的にいうと、まず1つ目は、論理的一貫性に欠ける現行制度である。例えば、政府は国民からの年金の徴収料を税ではなく保険料としてきた。だが、前回のゼミでも取り出されたように、年金受給者が賃金を得る場合、年金と賃金の合計額に応じて年金が減額されてしまう。その際、賃金を得ることによって年金が減額されたとすれば、それまで支払ってきた年金保険料が、「税」に近いものだったのではないかということになる。また、そもそも国民年金・厚生年金・共済年金はそれぞれ別の保険制度であるはずであるのに、給与から保険料が天引きされてしまう厚生年金と救済年金が国民年金を支援している。これ自体も、論理的整合性を欠いているが、年金保険料において強制徴収制度があることや世代間で強い所得再分配が行われていることも考慮に入れると、実態としての年金保険料の税的側面を排除できないのである。

2つ目は、国民生活と現状の乖離である。年金制度は、かつて普遍的であった一定の家族形態をモデルケースと設計されているが、家族形態や就業形態が多様化する中で、制度設計の背景そのものが理解されにくくなっている。例えば、現行の年金制度において、サラリーマン世帯の専業主婦は、保険料を負担しなくても基礎年金や遺族年金を受け取ることができる。これは、制度設計の中で想定外とされている共働き世帯や単身世帯からの理解は得にくいであろう。

以上のように、少子高齢化時代における賦課方式の崩壊による直接的な財源不足に加え、年金制度の分かりにくさが国民特に若年層の年金離れを引き起こし、国民年金に至っては納付率が6割にしかなく、年金財政の悪化に拍車をかけているのである。

 

2) 少子化について

 

 1)で述べたように、年金財政の悪化の要因として、年金制度が国民にとって分かりにくいということがあったが、たとえこれを改善したとしても、もはや賦課方式を積立方式に変えることもできないのであるから、根本的な財源不足を解消するためには少子化を止めることしか道はないのである。そこで、これからは少子化について論じてみたいと思う。

 そもそも、少子化とは、国全体の人口構成において幼年人口の割合が減少していくことである。これが何を指すかというと、将来の生産年齢人口の減少、さらに国内全体の人口減少を指すのである。このことによって、生産面としての国の人的資源が減少するばかりではなく、消費面としての国内需要の縮小が引き起こされる。特に、日本のように狭小で物質的に無資源な国土では、勤勉と倹約と貯蓄と自助努力に基づく人材だけが「資源」なのであり、高齢化が進み社会的な負担が増大する中で、その唯一の資源が喪失していくことはGDPの減少が定常化することを指す。すなわち、少子化とは、日本の経済力を減退させ国力自体を著しく削ぐものであり、実は、年金制度だけの次元で済まされない問題なのである。

 よって、今回のテーマである年金財政だけではなく、現存あるいは将来予測されるあらゆる問題を解決するために、少子化の対策は国家の最重要の急務である。それにも関わらず、国民・政府ともにこの少子化問題に対する危機感は極めて低い。政府は、国民個人の認識と協力を奮起した上での国民的議論の中で、総合的かつ長期的な少子化対策に直ちに着手すべきである。

 では、その対策として具体的にどのようなものが挙げられるだろうか。ゼミの発表でもあったように、「エンゼルプラン」・「新エンゼルプラン」などの政策目標の中で、育児所の拡充や育児休業制度を設けることで育児支援を行ってきた。しかし、これらのことは10年近く進められてきたことにも関わらず、少子化歯止めの効果が一向に現れない、どころかその進行速度を速めている。つまり、もっと根本的で国民が子供を設けたくなるような政策が必要である。ゼミの中で述べられていたが、例えば子供を作れば作るほど自分の受け取る年金が増えるというフランスの制度のように、ただ単に子作りを支援するだけではなく、子供を作ることによって何か利益を見出せるような政策が必要ではないか。私の案で言えば、子供を作れば作るほど住民税・所得税などの大型直接税の支払税率が反比例する(身体的に不可能な場合は除く)という方法もその一つに入るであろう。これらに対し、子供をあまり欲しくない人々にとって、国民の子供を設けるや否やの自由を侵害しているとする主張があるが、養育費が高額である現在において家族の中の子供が少ないということは余剰された可処分所得が存在するということであり、それが税金に回されるのだから子供を設けない自由を奪っているわけではない。そこで、自分の所得は自分で使う権利があるという主張もあろうが、将来の老後を扶助する際の「財源」となるのは自分の子供世代・孫世代であり、その「財源」を生み出さないのであるから、その代わり現役世代の間に税金をより多く負担するのは合理性があると考えられよう。

 そして、何より、金銭面だけではない「子供の存在のありがたみ」を国民に喚起させることが、大切なことであり最大の少子化対策となってくれるはずだ。そのためには、難しいことではあるが、国民に対する倫理教育や育児教育の充実も必要となってくるであろう。

 この少子化問題は、前回のゼミのテーマであった「雇用問題」以上に私の興味を持つところであり、緊急の解決を要する課題である。これからの政策研究の中でも、引き続き思索して行きたい。